春と修羅(一部)
- 宮沢賢治
- 底本:ちくま文庫「宮沢賢治全集1」
- (平成二二年五月一二日(水) 午後一時二一分二秒 更新)
春と修羅
︵mental sketch modified︶
心象のはひいろはがねから
あけびのつるはくもにからまり
のばらのやぶや腐植の湿地
いちめんのいちめんの諂(てん)曲(ごく)模様
︵正午の管(くわ)楽(んがく)よりもしげく
琥珀のかけらがそそぐとき︶
いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾(つばき)し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
︵風景はなみだにゆすれ︶
砕ける雲の眼(め)路(ぢ)をかぎり
れいろうの天の海には
聖(せい)玻(は)璃(り)の風が行き交ひ
ZYPRESSEN 春のいちれつ
くろぐろと光(エー)素(テル)を吸ひ
その暗い脚並からは
天山の雪の稜さへひかるのに
︵かげろふの波と白い偏光︶
まことのことばはうしなはれ
雲はちぎれてそらをとぶ
ああかがやきの四月の底を
はぎしり燃えてゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
︵玉髄の雲がながれて
どこで啼くその春の鳥︶
日輪青くかげろへば
修羅は樹林に交響し
陥りくらむ天の椀から
黒い木の群落が延び
その枝はかなしくしげり
すべて二重の風景を
喪神の森の梢から
ひらめいてとびたつからす
︵気層いよいよすみわたり
ひのきもしんと天に立つころ︶
草地の黄金をすぎてくるもの
ことなくひとのかたちのもの
けらをまとひおれを見るその農夫
ほんたうにおれが見えるのか
まばゆい気圏の海のそこに
︵かなしみは青々ふかく︶
ZYPRESSEN しづかにゆすれ
鳥はまた青ぞらを截る
︵まことのことばはここになく
修羅のなみだはつちにふる︶
あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
︵このからだそらのみぢんにちらばれ︶
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
︽一九二二、四、八︾