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春と修羅(一部)

  • 底本:ちくま文庫「宮沢賢治全集1」
  • (平成二二年六月一八日(金) 午後五時四〇分一九秒 更新)

冬と銀河ステーシヨン

そらにはちりのやうに小鳥がとび
かげろふや青いギリシヤ文字は
せはしく野はらの雪に燃えます
パツセン大街道のひのきからは
凍つたしづくが燦々さんさんと降り
銀河ステーシヨンの遠方シグナルも
けさはまつに澱んでゐます
川はどんどんザエを流してゐるのに
みんなはなまゴムの長靴をはき
狐や犬の毛皮を着て
陶器の露店をひやかしたり
ぶらさがつた章魚たこを品さだめしたりする
あのにぎやかな土沢の冬の市日いちびです
(はんの木とまばゆい雲のアルコホル
 あすこにやどりぎの黄金のゴールが
 さめざめとしてひかつてもいい)
あゝ Josef Pasternack の指揮する
この冬の銀河軽便鉄道は
幾重のあえかな氷をくぐり
(でんしんばしらの赤い碍子と松の森)
にせものの金のメタルをぶらさげて
茶いろの瞳をりんと張り
つめたく青らむ天椀の下
うららかな雪の台地を急ぐもの
(窓のガラスの氷の羊歯は
 だんだん白い湯気にかはる)
パツセン大街道のひのきから
しづくは燃えていちめんに降り
はねあがる青い枝や
紅玉やトパースまたいろいろのスペクトルや
もうまるで市場のやうな盛んな取引です

(一九二三、一二、一〇)

このページの元となったファイルは、インターネットの図書館、青空文庫で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

【青空文庫作成ファイル情報】

底本:「宮沢賢治全集1」ちくま文庫、筑摩書房
   1986(昭和61)年2月26日第1刷発行
   1998(平成10)年5月12日第17刷発行

入力:柴田卓治
校正:かとうかおり
2000年10月4日公開
2004年3月26日修正

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