山羊の歌(一部)
- 中原中也
- 底本:「中原中也詩集」岩波文庫
- (平成二二年五月一二日(水) 午後四時四五分九秒 更新)
逝く夏の歌
並木の梢が深く息を吸つて、空は高く高く、それを見てゐた。日の照る砂地に落ちてゐた硝ガラ子スを、歩み来た旅人は周あ章わてて見付けた。山の端は、澄んで澄んで、金魚や娘の口の中を清くする。飛んでくるあの飛行機には、昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。風はリボンを空に送り、私は嘗かつて陥落した海のことを その浪のことを語らうと思ふ。騎兵聯隊や上肢の運動や、下級官吏の赤靴のことや、山沿ひの道を乗のり手てもなく行く自転車のことを語らうと思ふ。