山羊の歌(一部)
- 中原中也
- 底本:「中原中也詩集」岩波文庫
- (平成二二年五月一二日(水) 午後四時四四分一一秒 更新)
黄昏
渋つた仄ほの暗い池の面おもてで、寄り合つた蓮の葉が揺れる。蓮の葉は、図太いのでこそこそとしか音をたてない。音をたてると私の心が揺れる、目が薄明るい地平線を逐おふ……黒々と山がのぞきかかるばつかりだ――失はれたものはかへつて来ない。なにが悲しいつたつてこれほど悲しいことはない草の根の匂ひが静かに鼻にくる、畑の土が石といつしよに私を見てゐる。――竟つひに私は耕やさうとは思はない!ぢいつと茫ぼん然やり黄たそ昏がれの中に立つて、なんだか父親の映像が気になりだすと一歩二歩歩みだすばかりです