春と修羅(一部)
- 宮沢賢治
 - 底本:ちくま文庫「宮沢賢治全集1」
 - (平成二二年五月一二日(水) 午後一時三九分五〇秒 更新)
 
無声慟哭
こんなにみんなにみまもられながらおまへはまだここでくるしまなければならないかああ巨きな信のちからからことさらにはなれまた純粋やちひさな徳性のかずをうしなひわたくしが青ぐらい修羅をあるいてゐるときおまへはじぶんにさだめられたみちをひとりさびしく往かうとするか信仰を一つにするたつたひとりのみちづれのわたくしがあかるくつめたい精しや進うじんのみちからかなしくつかれてゐて毒草や蛍光菌のくらい野原をただよふときおまへはひとりどこへ行かうとするのだ  ︵おら おかないふうしてらべ︶何といふあきらめたやうな悲痛なわらひやうをしながらまたわたくしのどんなちひさな表情もけつして見遁さないやうにしながらおまへはけなげに母に訊きくのだ  ︵うんにや ずゐぶん立派だぢやい   けふはほんとに立派だぢやい︶ほんたうにさうだ髪だつていつそうくろいしまるでこどもの苹果の頬だどうかきれいな頬をしてあたらしく天にうまれてくれ  ︽それでもからだくさえがべ?︾  ︽うんにや いつかう︾ほんたうにそんなことはないかへつてここはなつののはらのちひさな白い花の匂でいつぱいだからただわたくしはそれをいま言へないのだ   ︵わたくしは修羅をあるいてゐるのだから︶わたくしのかなしさうな眼をしてゐるのはわたくしのふたつのこころをみつめてゐるためだああそんなにかなしく眼をそらしてはいけない︽一九二二、一一、二七︾