春と修羅(一部)
- 宮沢賢治
- 底本:ちくま文庫「宮沢賢治全集1」
- (平成二二年五月一二日(水) 午後一時五六分三九秒 更新)
雲とはんのき
雲は羊毛とちぢれ黒緑赤は楊んのモザイツクまたなかぞらには氷片の雲がうかびすすきはきらつと光つて過ぎる ︽北ぞらのちぢれ羊から おれの崇敬は照り返され 天の海と窓の日おほひ おれの崇敬は照り返され︾沼はきれいに鉋をかけられ朧ろな秋の水ゾルとつめたくぬるぬるした蓴じゆん菜とから組成されゆふべ一晩の雨でできた陶庵だか東庵だかの蒔絵の精製された水銀の川ですアマルガムにさへならなかつたら銀の水車でもまはしていい無細工な銀の水車でもまはしていい ︵赤紙をはられた火薬車だ あたまの奥ではもうまつ白に爆発してゐる︶無細工の銀の水車でもまはすがいいカフカズ風に帽子を折つてかぶるもの感官のさびしい盈虚のなかで貨物車輪の裏の秋の明るさ ︵ひのきのひらめく六月に おまへが刻んだその線は やがてどんな重荷になつて おまへに男らしい償ひを強ひるかわからない︶ 手宮文字です 手宮文字ですこんなにそらがくもつて来て山も大へん尖つて青くくらくなり豆畑だつてほんたうにかなしいのにわづかにその山稜と雲との間にはあやしい光の微塵にみちた幻惑の天がのぞきまたそのなかにはかがやきまばゆい積雲の一列がこころも遠くならんでゐるこれら葬送行進曲の層雲の底鳥もわたらない清せい澄とうな空間をわたくしはたつたひとりつぎからつぎと冷たいあやしい幻想を抱きながら一梃のかなづちを持つて南の方へ石灰岩のいい層をさがしに行かなければなりません︵一九二三、八、三一︶